唐津焼は豊臣秀吉が天下人をほぼ手中にした1580年頃の近世初期から始まりました。
陶磁器の産地として有名である現在の佐賀県唐津市で生産され、一度は衰退したものの、その技術が復興し今でも作られております。
唐津焼は京都・大阪をはじめとする西日本に広がり、焼き物のことを総称して「からつもの」と呼ぶほど陶磁器としての地位を確立しました。
桃山時代に作られたものは古唐津(こがらつ)とも呼ばれ、多くのコレクターに愛玩されています。
そんな人気の高い唐津焼について、古唐津や唐津焼の種類、歴史や特徴について解説いたします。
唐津焼(からつやき)とは
唐津焼は1580年代の近世初頭から肥前国(現在の佐賀県東部や長崎県北部)で、生産された陶磁器のことです。
現在の佐賀県唐津市の周辺に窯が散在していたことや、唐津焼の名前の由来は唐津の港から積み出されたことが由来ともされます。
窯跡は唐津市周辺のみならず、佐賀県武雄市・伊万里市・有田町や長崎県佐世保市・平戸市などの広範囲にございました。
日常雑器から茶器まで様々な器形があり、作風や種類も多岐にわたります。
桃山時代の唐津焼の黎明期には、独特の華やぎを見せる「古唐津」があり、今でも多くの人々に愛されます。
中でも茶碗は「一楽二萩三唐津」ともうたわれ桃山時代から江戸時代初期にはその価値を高く評されました。
古唐津はその人気の高さに対して生産された期間は短く、1580年から江戸初期の1620年にはほとんど生産終了します。
これは同地域に日本初の磁器である肥前時期、伊万里焼や有田焼が誕生したことが要因で古唐津が衰退したためです。
しかし、古唐津の技術はしっかりと確立され、その後の唐津焼や繋がり、古武雄へと継承されていきます。
唐津焼の歴史
伊万里、唐津などの肥前の陶磁器は文禄元年から慶長3年(1592年~1598年)に至る文禄・慶長の役(壬申倭乱)の際に豊臣秀吉より朝鮮半島から同行してきた陶工により開窯したのが通説でした。
しかし調査の結果、実際にはそれ以前の1580年代には開始されたと見られています。
古唐津の初期の窯跡は波多氏の居城である岸岳城があった、佐賀県唐津市北波多地区の岸岳山麓に点在しました。
この地域には複数の陶工の集団があったとされ、朝鮮式の割竹形登窯の窯を築いていたことや、朝鮮時代の会寧焼に類似した陶磁器を焼いていたことから朝鮮渡来の陶工であったと考えられています。
波多氏は朝鮮出兵のなかでの不手際を責められ、文禄2年(1593年)に領地没収・改易されます。
その事もあってか陶工は離散し1590年ごろにはほぼ閉窯されました。
1590年代以降になると唐津焼の主体は佐賀藩・鍋島氏の領地である伊万里地域に移ります。
この地域でも朝鮮半島出身の陶工が生産に携わっていたが、文禄・慶長の役(壬申倭乱)の際に連れ帰ってきた陶工グループと考えられます。
窯詰めの技術の違いがあり、岸岳地域とは違う陶工とは違う出身地の可能性がございます。
そのため、岸岳の品とは違った作風の「絵唐津」「奥高麗」「朝鮮唐津」が主に生産され、茶道具もこの頃より増えました。
鍋島氏に連れてこられた朝鮮半島出身の陶工が、有田地域で磁器(初期伊万里)の生産を本格させることができるようになり、伊万里地域での生産は1610年代に減少をしていきます。
「初期伊万里」や「柿右衛門」といった磁器の産地としてのイメージの強い有田地域ですが、1610年代以降には磁器と同時に陶器である唐津焼も焼かれました。
これは磁器も陶器も磁土か陶土かの違いで、形成や焼成の技術に当初は大きな違いがなかったことによります。
磁器は藩の保護を受ける主力産業で高級なやきものとなり、その一方で唐津焼は日常の雑器として転換をしていくこととなります。
江戸時代に入ると窯場が林立したため、薪の伐採による山の荒廃が大きな問題となります。
寛永14年(1637年)には佐賀藩が藩内の窯場の整理・統合を行い、有田と伊万里の計11箇所の廃窯、陶工を大人数追放を行い、この地での陶磁器の生産は縮小を迎えるようになります。
一部の窯は唐津の茶器の評判の高さから茶陶を焼く御用窯として存続し、幕府にも献上する献上唐津が作られます。
その後、明治維新によって藩の庇護を失うと唐津焼は急速に衰退をいたします。
同地域の有田焼や伊万里焼の磁器が主流となり、多くの窯元が廃窯となりました。
しかし、人間国宝・中里無庵(1895~1985年)「叩き作り」などの桃山~江戸時代初期の古唐津の技法を復活させたことで再び息を吹き返し、復興に成功しました。
今では約70の窯元が点在し、伝統的な技法と現代的な感覚を用いて作り続けられています。
武雄系唐津と古武雄(こだけお)
鍋島氏の旧主筋である龍造寺一族の武雄鍋島家の領地であった武雄地域(現在の佐賀県多久市、武雄市、嬉野市の周辺)でも伊万里地域と同じ頃の1590年頃から唐津焼の生産が始まります。
小規模ながら伊万里地域同様の「絵唐津」などの典型的な唐津焼を焼いていました。
1610年代以降に有田地域にて磁器の生産体制が主体となっていくが、武雄地域では時期に対して新たな魅力の唐津焼を生産しました。
白化粧土に多彩な装飾の唐津焼は「二彩唐津」「武雄唐津」「弓野」「二川」などと呼ばれ独自性を高めていきます。
この創意溢れる武雄系唐津は後に独自の地位を高めていき「古武雄」と近年に呼ばれるようになりました。
唐津焼の特徴と種類
唐津焼は荒い土を用い、素朴かつ力強い見た目から「土もの」とも呼ばれが多くの茶人を魅了してきました。
茶陶として有名な唐津焼ですが多くの生活雑記も作り続けています。
朝鮮半島から連れ帰られた陶工により始められたことから、その技法が釉薬などに現れます。
伝統的な古唐津の技法である蹴轆轤、叩き作りは、現在でも用いている窯がございます。
そして、相次ぐ窯の移動や時代の変化により、様々な試みがされ、唐津焼は同じ名前とは思えないほど多種多様な種類が生まれました。
唐津焼は主に以下のような種類がございます。
朝鮮唐津(ちょうせんがらつ)
李氏朝鮮の陶工の技術を用いた伝統的な唐津焼です。
鉄を含んだ黒釉である「黒飴釉」と、藁灰を主成分にした白釉は「白海鼠釉」の2色を用いて焼成いたします。
焼き上がりが飴色がかった黒色と、乳濁している白色が混じり合う風景を表します。
多くは磁器の上部が黒釉、下部が白釉となりますが、上下逆もございます。
2色を同時に掛けるもの、二重掛けするものなど様々な掛け方があります。
斑唐津(まだらがらつ)
長石と藁灰を混ぜた白濁した釉をかけて焼成することで、胎土に含まれる鉄分が滲み出てきて釉薬と混ざり斑模様になります。
模様は青、黒、紫色などになり、その濃度は作品により異なります。
李朝の会寧窯とにており、その技術が朝鮮の陶工より伝わり作られたものです。
絵唐津(えがらつ)
生地に鬼板と呼ばれる鉄顔料を用いて模様を描き、透明に近い釉薬を施して仕上げます。
朝鮮唐津、斑唐津に比べ、土色の器面を生かしているのが特徴です。
唐津焼を代表する技法で、李朝風の抽象的な模様や人物、草花、動物など様々な模様が描かれます。
彫唐津(ほりがらつ)
焼成前の器面にヘラで線彫りをし、釉薬を施して仕上げます、
模様はきっちりしておらず、大胆なものが多い。
奥高麗(おくごらい)
朝鮮半島の高麗茶碗を唐津の陶工が模したものです。
主に井戸茶碗、熊川茶碗、呉器茶碗などがそのモチーフとなりました。
模したものだが茶の湯での評判は高く、奥高麗茶碗には名品も多くございます。
瀬戸唐津(せとがらつ)
白い長石釉を掛けたもので、美濃窯産の志野焼を連想させる釉薬であったことからこう呼ばれました。
三島唐津(みしまがらつ)
朝鮮の陶磁器である三島=象嵌を用いたものです。
象嵌は生乾きの器面に模様を彫り、そこに白泥を埋めることで模様を描きます。
描かれる模様はアレンジされており、花や鳥などは朝鮮の象嵌とは画風が異なるものもございます。
粉引唐津(こびきがらつ)
褐色の土を使用し、生乾きのうちに全体に白泥をかけ、乾燥後に透明釉を掛けます。
二彩唐津(にさいがらつ)
緑色の銅釉と茶褐色の鉄釉の2色を用いて器面に松文等を描きます。武雄系唐津=古武雄の代表的な作風です。
その他の唐津焼
その他にも釉薬の発色による「青唐津」「黄唐津」や、技法による「刷毛目唐津」など呼ばれる技法がございます。
当オンライン美術館で見れる唐津焼
朝鮮唐津徳利
見事な飴色の黒飴釉と、乳濁した白海鼠釉が力強く掛けられます。
この品は黒釉の上に白釉が載る珍しい作りで、ごく初期のものと考えらます。
飴色の釉薬は土の成分や焼成のムラなどの影響を受け、角度により様々な釉色を見せます。
やや乳濁をしたとろみのある白釉のため、飴色の綺麗な斑の黒釉の上に弾かれるように乗り、独特の景色を生みます。
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古唐津斑釉水指(斑唐津)
長石と藁灰を混ぜた釉薬を掛け焼成することで、土に含まれる鉄分が滲み出てきて白濁した釉薬と混ざり斑模様となります。
器面全体に白、藍、紫、黒が美しく混じり合いとても上品です。
内側にはくっきりとしたろくろ目を残し、外面とはまた違った乳白した水色の釉色も見どころです。
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絵唐津片口形水指
大きな玉縁の大型の鉢に貼り付けるように片口がつけられ、古唐津でよく見られる形状です。
外側には萩のような草文と力強い線が、見込みには山の峰と草がなめらかな筆致で描かれます。
胴より上部に上やや乳白した灰白色の釉薬を施します。
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唐津焼は名前の括りこそあるものの、陶工や地域の違いによりその姿形は多種多様です。
当オンライン美術館でも古唐津の陶磁器を幾つかコレクションしておりますので、是非ご覧ください。
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