陶磁器の一種の水滴は書道具として中国や朝鮮半島で多く作られ、書道家の中で珍重されました。
自由な形に作りやすく、水滴は果物型や動物型など目で楽しめる陶磁器が豊富です。
陶磁器の世界では水滴をこよなく愛する人がおり、美術館でも企画展が開催されるほどです。
水滴こそ古陶磁器の上級者といっても過言ではありません。
知る人ぞ知る水滴の魅力と歴史を、どこよりも豊富な写真と共に解説いたします。
水滴(すいてき)とは
水滴とは書道で墨を磨る時に使う硯(すずり)に水を注ぐ道具のことです。
形状は手に隠れる小さなサイズから手のひら大くらいのもので、比較的小さめです。
全面が覆われた器形に小さな筒状の注ぎ口が備えられるのが一般的で、少量の水が調整しやすくなっております。
古くは中国でも作られ、一番有名となったのは朝鮮半島の高麗時代の後期から李氏朝鮮にかけてのものです。
水滴は水を出すというシンプルな機能のため、形や模様が豊富なのが魅力です。
中国の水滴の歴史
中国では漢代には松を原料とした墨と円形の硯が用いられ、筆で文字を書くための文化が発展していきます。
三国時代には水盂(すいう)と呼ばれる、ごく小さな水を貯める鉢があり、匙で水を硯に移しておりました。
水盂も自由な発想で作られ、四肢や羊などの動物形の背中に穴を開けたものなどが作られます。
その後の越州窯には三足をつけた蟾蜍(ヒキガエル)とよばれるヒキガエルの形の水滴も見られます。
中国では宋時代に文人たちが文房具を重要視し、明時代、新時代に至るまで様々な素材や形の水滴や水盂が作られます。
水滴は「文房十宝」とも呼ばれるようになり、それぞれの時代で愛されました。
朝鮮の水滴の歴史
高麗時代に優れた青磁が焼成され、宋時代の文房趣味が高麗王朝に影響され、水滴も雅趣ある作品が作られます。
高麗時代の水滴は青磁が主でしたが、水滴の自由さは形に多く現れ、人型や桃型、亀形などが作られます。
また、象嵌や陰刻を用いて動物の目や模様などの表現に取り入れています。
李氏朝鮮時代には明王朝の書画の志向が強まり、優れた書画を制作するための道具として文房具の需要が高まります。
李朝では陶磁器は粉青沙器の他、白磁や染付(青花)が中心であり、水滴も同様です。
中国に比べ、陶磁器の水滴が多く作られ、そしてその水滴の可能性を最大に引き出し魅力的なものを生み出します。
動物や果実など様々な形を模した造形だけでなく、器面いっぱいに施した青花や鉄絵、辰砂を用いた赤いものなど、文人の思いを込められました。
水滴は墨台や筆架、文鎮としての役割を担うこともありとても便利なものだけでなく、文房飾りとしても文人が愛玩したのです。
そして朝鮮半島や日本では水滴は硯、墨、筆とあわせて「文房四宝」と呼ばれ、中国よりも格の高い位置付けになります。
高麗時代の水滴の特徴
高麗時代には主に青磁で水滴が作られておりました。
象嵌や陰刻、陽刻なども用いて灰色がかった緑青色の釉薬が掛けられます。
その他には黒高麗と呼ばれる鉄釉を用いたものもございました。
青磁や鉄釉は単色なものなので、器形に工夫をしたものが多くあり、鳥形や亀形などの動物形から、桃型などの果実形などが作られました。
特に亀形や桃型は中国より伝わり、縁起の良いものとされ文人の間でも人気を博します。
高麗時代後期になると白磁青花の水滴も作られ始めます。
李氏朝鮮時代の水滴の特徴
李氏朝鮮時代にはさらに文人の水滴へのこだわりが強まり、器形だけでなく様々な釉調や模様のものが作られます。
器形は立方体や円筒形、動物形や鳥形、果実形、家形、山形など豊富です。
瑠璃釉、辰砂、青花、鉄砂(鉄絵)、といった釉薬や顔料を使って色付けがされます。
青花や鉄絵は草花文だけでなく、山水、葡萄、蟹、雲龍、福寿文といった様々なものが描かれました。
文人はこの器形や絵付の縁起やそのものの持つ意味にこだわりを持っていました。
立体形
立体の水滴はシンプルな形状なため、様々な形状が作られます。
立体は立方体、直方体、円筒形、丸形、多角形、宝珠形などがございます。
陶磁の李朝で流行であった白磁が多くございます。
また、青花などの絵付けにも適した形です。
動物形
李朝でもあった鳥形や亀形だけでなく、虎、獅子、牛、鯉、蛙といった様々な形が作られます。
動物形は形を生かしたものが多く、口や鼻から水が出るように工夫がされています。
朝鮮半島特有のものとして「海駝(ヘテ)」という守り神などをモチーフとしたものもございます。
動物は福や長寿、勝負事などの縁起の良いものが多くございます。
果実形
中国から伝わる桃型は仙果とよばれ不死や長寿で縁起の良いものとして多く作られました。
他には柿形や南瓜形は子宝や金運に良いものとされる意匠です。
山形
山形は江原道に実在した金剛山がモデルとなります。
天下の名山として伝説が残る山間には名刹(寺)が残り、山水画の画題としても盛んでした。
家形
貴族が自身の家などを写した形です。一階建てや二階建て、L字形など様々です。
青花(せいか)
立体のシンプルな器形に呉須(コバルト)にて絵付けをしたものです。
草花文や雲龍といった模様はもちろん、その広い面を額に見立てて山水などの画も描かれました。
希少であったコバルトを全面に施したものは、瑠璃雄や瑠璃地と呼ばれます。
鉄砂(てっさ)
青花に使うコバルト不足を補うために鉄の顔料にて黒い模様を描きます。
青花に比べ簡単な模様のものが多く、動物形の羽や顔の模様にも使われました。
全面を覆った総鉄砂もございます。
辰砂(しんしゃ)
酸化胴の顔料を用いたものを辰砂といい、やや暗い赤色の発色をいたします。
辰砂は貴重であるため、アクセントとして一部の模様に使用されます。
その中でも全面を辰砂で覆ったものを「総辰砂(そうしんしゃ)と言い、大変価値の高いものとされています。
当美術館おすすめの水滴
当美術館にある水滴の陶磁器をご紹介いたします。
総辰砂桃形水滴
李氏朝鮮時代に作られたもので、丸みを帯びた桃型の器形に桃の果実の割れ目が再現されております。
桃は中国の故事である西王母伝説で「長寿」を意味する果実であり、朝鮮後期にも幸福を求める世相の中で生まれた意匠の一つです。
全体を酸化銅で塗り還元焼成する技法を「総辰砂」といい、鮮やかな赤い色彩と細かく入る貫入が産毛のようで、まるで本物の桃のような美しい水滴です。
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高麗白磁鉄絵桃形水滴
高麗時代に焼かれた白磁の水滴で、下膨れで上に向かって細く尖った桃形の形状をしています。
底から桃の形に沿うように肉厚な葉が2枚、陰刻で1枚の葉が装飾されます。
灰色がかった白い釉薬は、ところどころ土や釉薬に混ざった成分によりピンク色や緑色の発色をしています。
高麗時代ならではの純度の低い白釉には頂上には鉄釉が自然と振り掛けられ、素朴な味わいがございます。
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水滴はコレクションしやすい陶磁器
特に人気の高い李朝のものは時代的にも新しく、多くのものがきれいな状態で残っております。
水滴のコレクターもいるほど人気であり、書道をされる方の実用品としてももちろんのこと、その器形の愛らしさから飾るだけでも楽しめます。
購入してもそこまで高いものではありませんので、気軽にコレクションに加えやすい品です。
当美術館のオフィシャルストアである燦禾でも水滴のコレクションは多く取り揃えております。
様々な形を見るだけでも楽しめますので、気になった方は是非一度ご覧くださいませ。
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